下っていない時のクダラナイ日常話などを公開!

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いい天気である。この2日間仕事はない。この前の熊野で我が艇の骨が一部折れてしまったので、「それでは笠置へ」ということで、向かった。前夜は久々街に繰り出し、古い友人と呑んでいたのでまあ「飲み下し」ということになろう超二日酔いである。でも今回は下らず、おとなしくキャンプのみである。いつの頃からか、笠置も人口密度が濃厚になりいささか後悔もするのではあるが、日が暮れる頃にはBBQ組が少なくなり心地よく過ごせる時間もくる。

川をながめながら、「飲み下し隊」はいつの頃からクダラナクなったのであろうかなどと思いながら迎え酒を飲むことになる。ここでは随分下ったよなぁと回帰するのが現在進行形人間としては、いささか儚い感じもしたので、ここには誰と来たであろうかということに想いをはせることにした。我ら飲み下し隊を別にしても、あの時オンナのフラレマイナー調の歌を歌い続けていたチェコチェコや、一言もしゃべらないクラブのママの娘、二人艇の前に乗せて初めて下った妹の息子たち。オレはまだここにいる。まだ前に進めないままここにいるのかもしれない。そうでないのかもしれない。

 いい天気の日。家で本を読むよりも、いい初夏の日の下で過ごすことに少しだけ人生の贅沢を感じたいのだけかもしれない。というのも「アリ」というだけのことかもね!まあ、年甲斐もなく「真っ黒け」になってしまったなぁ。


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2010.05.19 / Top↑
 というわけで、古座川には行かずに、今回も「熊野川」。いつものコース厳密に言えば「北山川」を一人で下ることとなる。北山村。和歌山県の「飛び地」である。奈良県内にいてもそこだけ和歌山県であると孤立している土地である。その意味は深く調べたわけではないが、好奇心旺盛な自分でもなぜか立ち入ってはいけない雰囲気もある。我が愛する仲間ゆきえ女史扮する「TRICK」系の匂いがぷんぷんするのである。ここだけの話ではあるが、ある夜更け雷が轟く雨の山道に、鹿とは思えない白づくめのおっさんを目撃したりしているのだ。そのおっさんは、こっちを見て「にやり」としたのを記憶している。
で、今回は、初めて自分の一人艇にて下ることになる。一人で下るのは初戦以来のこととなる。いつも仲間と下っている馴染みの川ではあるが、一人となるとやや緊張したりする。いつも酔っ払ってただ突っ込むなんでもない瀬が、いつにも増して激しくやや恐ろしく感じたりした。いつもより自然を感じ、いつもより一緒に下る仲間を愛おしく感じたり、いつもより熊野の神を感じたり・・・ときには一人で行動することの意味も少し大切なのではないかと感じたりした。
そしてまた京都に帰りまた現実に戻る。そこには、実は愛がいっぱいなんだと感じたりもするのが、「あぁ、オレはまだみんなに捨てられたりはしてないんだ」と、とても安心もしたりするんだよなぁ。
 誰が見つけてくれたかは、覚えていないが、「飲み下し隊」がいつもテントを張るあの場所は、今でもおれには聖地である。そして、その川にパドルを入れるとき、また新しい旅が始まることとなる。ありがとう。
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2010.05.09 / Top↑
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