下っていない時のクダラナイ日常話などを公開!

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
10月15日
金髪のおっさん

人生初の金髪に挑戦。
前日の残念な到着初日の気分をガラッと変えたかった。
そして、逃げるように去ったゲストハウスを出てすぐの床屋に、衝動的に入った。
とりあえず髪を染めたいという意思を筆談をもって伝えた。
「髪・染・金」だったかどうか忘れたが、漢字を紙に書いて説明した。
しかし、床屋の主人にはいまいち通じず、けっきょく壁に貼られた女性モデルの写真と自分の頭を交互に指差し「あんな色にして」ということをジェスチャーにて伝えた。
髪の毛の色を変えたら、気分も変わるかなと思ったけど、けっきょくはあまり変わらなかった。
なぜなら、鏡でも無い限り、自分から自分の変化を常に感じることができないからだ。
しかし鏡に写る自分にはすごく違和感がある。
まるで「ビバリーヒルズ青春白書」のコントをしている人みたいだ。
だから、それから数週間は鏡を見るたびに、鏡の中の自分の姿に、いちいち驚くことになった。

昆明の街は都会。
デパートも立派。
マクドもKFCもスタバもユニクロもある。
日本とそう変わらないように見えるが、物価が安いことと、街行く人が疸を「が〜っ、ペッ!」と豪快に道に吐く姿は、日本では見られない特異なものだった。
バスは一律2元(26円)と、かなり安い。
安いこともあり、ちょっと移動するときにも、気軽に使うことになった。
異国で足代わりにバスに乗る。
それだけで自由に旅行をしている開放感に浸ったりしていた。
子供のころに一人でエレベーターに乗るのにはまったことがある。
そのとき、自由に自分の意思で移動できることに喜びを感じていた。
たぶん、その子供のときの感動に似たようなものを、そのときも感じていたのだろう。
ただ中国のバスは、やっぱりお釣りはくれないので、バスに乗る前には、どこかでお金を崩さねばならず面倒だった。
昆明では「円通寺」など観光地へ行ったりしたが、これといった印象は今イチ残っていない。
名物の米麺というものも、さほど旨くは感じない。
昔なら、とりあえず異国で食べるものは、何でも旨いと思っていたが、歳を重ねて味覚がましになったのか、それとも食品会社のホームページにおいしい食べたものを紹介しなければいけないという圧迫感がなくなったからであろうか、旅先でそう旨いものには出会わなくなったように感じた。
ただ、ちょっとお腹をこわしたときに、「味千ラーメン」に入って、鮭の寿司セットと一緒に飲んだキリン一番しぼりが旨かった。
もう一度昆明に寄ることがあれば行きたいなと思ったくらい。
ちなみに昆明には2泊したが、日本人には一人も会わなかった。
味千ラーメン

スポンサーサイト
2012.12.17 / Top↑
上海空港で出会った日本人女性と昆明空港から、昆明市内のゲストハウスへ移動することになった。
(以下文章の流れで「彼女」と呼ぶときもあるが、もちろん私の個人的な彼女ではない)
そのゲストハウスとは同乗した女性が日本から調べてきたゲストハウスである。
彼女は今からインドへ行く人だから、少しでも安い宿を血眼になって探すタイプなのだと思っていただけに、300元という高値のゲストハウスをチョイスするあたり、彼女から少し女性らしさが見え、初めのうちは正直ほっとした気持ちになっていた。
空港から40分ほどで、タクシーは昆明市内の外れの、あまり安全な香りのしないさびれた雰囲気の地域に到着した。
私は何も考えず降りようとしたところ、同乗した彼女が、そこに目的のゲストハウスの近くにあるはずのないスーパーマーケットが存在することに違和感を覚え、タクシー運転手に抗議したところ、やはり間違っていたことが判明。
彼女は私とは違いしっかり現地のことを調べてくるタイプのようで(当然であるが)、現地のことを予習せず、行き当たりばったりの旅をすることに誇りさえ感じているタイプの私とは、温度差というか性格に絶対的な違いがあると思われた。
車内での会話も同じく価値観というか何かが噛み合ず、途切れがちになっていた。
そして最終、タクシーの運賃を払う段になり、トラブル発生。
やはり来たか!と言った感じである。
空港到着→タクシー乗車→運賃トラブル、は私のお決まりのハマり方であるからだ。
運賃を102元のメーターであるのに150元を要求されたのだ。
その48元の開きは何なのか?
途中、高速道路を通ったが、通行料金は10元だったはず。
メーター102元と10元の高速料金を足して、112元を要求されるのならわかるのだが。
でも、たかだか48元でもめ続けるのは大人げないという気持ちがそのときにはあり、とりあえず200元払い、お釣りをもらって立ち去ろうとした。
がしかし、運転手のやつが、お釣りがないから、細かい札を出せと言いだした。
そしてまた腹が立つのが、お釣りが無いと言いながら運転手は細かい札の見本を見せてくるのである。
見せる金があるなら、そこからお釣りを払えば良いじゃではないか。
この言い分は、今でも自分が間違っていないと言う自信がある。
しかし、その瞬間、5月の脱サラ後、いい人であり続けようと思い続けた数ヶ月の努力は、見事に砕け散った。
気がつくと、日本語でタクシー運転手に大声で抗議している。
今まで大人しくしていたからか、それとも元来の強面のせいか、タクシーに同乗していた彼女、タクシー運転手、そしてタクシーを向かえに来てくれたゲストハウスの主人が、びっくりして完全に私に対して引いてしまったのがわかる。
いきなりやってしまった・・・
けっきょくのところ、150元と聞こえていたのは115元。
ワンフィフティー(150)と聞こえていたが、ワンフィフティン(115)だったことが後になって分かった。
どうやら完全に異国に到着したての緊張と、女性が同乗していたことによる気負いで、完全に気持ちが空回りしていたようだ。
けっきょく、その後その女性とも気まずい感じになり、同じ宿には泊まったが、翌朝誰も起きてこない時間に、私は身支度をし、逃げるようにゲストハウスを立ち去るのであった。

つづく
2012.12.04 / Top↑
2012年 10月15日

中国 昆明空港到着。
深夜1時、当然ながら空港には人影は少ない。
久しぶりの一人旅、到着早々ということもあり、少し不安になるが、深夜に到着するのは初めから承知していたことでもあり、中国ならインドや東南アジアほど、痛い目には合わないだろうと、中国が急速に発展し、裕福になった国というだけで、少しは安心感を持ち合わせていた。
とは言いながらも、だれでも(とくに自分は)到着早々は小さなミスをしがちになるから、気持ちを警戒体制に改める癖は忘れてはいない。
さっそく、空港職員に呼び止められ、彼おすすめのホテルを紹介される。
安くはないが、高くもない料金のホテル。
空港から近いらしく、移動で疲れた私には魅力に感じるが、なんとなく今日中には昆明の市内に行かなくてはならない気がする。
理由はないが、昆明市内に行くと決めているから…いや、行かなくてはいけない気がするからか。
けっきょく、私はタクシーで、昆明市内へ行く事にした。

タクシーは関西空港から一緒の飛行機で昆明へ到着した日本人女性も一緒だ。
下心からではない、もっと前向きな心があるからお誘いしたのだ。
今回の旅の目的は出発前から決めていた。
旅で出会った友人を10人作る。
それが目的だった私は、普段なら意識的に話しかけない日本人、とくに海外に一人で来る女性はとっつきにくい人が多いイメージであるため、今までは話すことはしなかったのだが、今回は思いきって話しかけて、あわよくば友達になって、日本に帰ってきてからも繋がり合えるコネクションを作ることを考えていた。
同じ価値観の友人を作り、今後のビジネスに活かしたい。
そう思っていたこともあり、乗り継ぎのため立ち寄った、上海空港で少し話しただけの、それもあまり私に対して好意的な反応を示さなかったその女性をあえて誘い、一緒に昆明市内へ向かった。
彼女はインドのカルカッタへ翌日の晩に向かうということだったが、それまで空港で過ごすのもどうかと思ったし、何より一期一会の出会いを大事にしたかったのだ。
今回の旅で生まれ変わる。
なんとなく、そう強く思っていた。

つづく
2012.12.04 / Top↑
GRP_0000.jpg
↑北岳山頂から見る「富士山」

8月27日(金)

私の目標であるヨーロッパアルプス、ヒマラヤ山脈への挑戦。

その足がかりとして今回は南アルプス登山(北岳)を計画した。

今回の山行が私の大きな夢の第一歩となる。

なんてことは全くなく、アウトドア雑誌の「BE-PAL」を読んで

アルプスに行けば雑誌に載っているような「山ガール」なんて

いたりするのかな?なんてチャラい気分で行っただけである。

万が一に備えて、寝袋とかダウンジャケット

ジェットボイルなどをザックに詰め込んである。

結果として、山小屋泊だったので寝袋もダウンジャケットも

いらなかったわけだが、山に入ったら想定外の事態を常に想像

しなければいけないほど、自分の行動を信じられない私は、

まだ死にたくない。

だから今後も重装備で挑みつづけるだろう。

11時45分、広河原を出発。

ザックの重いうえに、のっけからの急登はきびしいものがあった。

途中で雨なんて降って来て、雷雨になることよりも、「俺は雨男な

んじゃないか?」なんて、その方が不安になったりする。

のどが乾くと、沢の水を汲んで飲む。

まさに「南アルプス天然水」なんて思い、ほくそ笑みながら、ただただ

登る。

出発から3時間半ほどで、ゴールに近い稜線に出た。

そのころには雨も止んで、涼しく気持のよい空気の中を爽快に歩けた。

15時50分、初日のゴール地点「肩ノ小屋」に到着。

PAP_0007.jpg

↑肩ノ小屋 後ろは北岳山頂


↑肩ノ小屋到着直後の地蔵岳はまだ雲がかかっていた


小屋の売店にてビール(500円)を買い、一人打ち上げ。

高いだけあって、低地の飲むより断然うまい。(と感じる)

そして早いが16:30に夕食。


↑肩ノ小屋での夕食

夕食後は、同部屋で雑魚寝した滋賀県のパーティのみなさんに教えられ

仲良くストレッチ。

(このストレッチが効いて、翌朝は全く筋肉痛がなかった。)

夕食の満腹感と、ストレッチで身体が温ったせいか、19時には就寝。


8月28日(土)

4時30分、起床、すぐに朝ご飯。

万が一に備え、普段はしないご飯をおかわりし、栄養補給。

5時15分 太陽が顔を出す。


↑肩ノ小屋から見る日の出

夜明けの富士山や、地蔵岳、甲斐駒ヶ岳、八ヶ岳の絶景を眺め

感動にひたる。


↑夜明けの富士山


↑夜明けの甲斐駒ヶ岳(右)

感動の余韻に浸りたいところではあるが、早く出発した方が

何かと良い事もあるかと無計画に思って、とりあえず5時

30分に出発。

とりあえず目指すは「北岳山頂」。

朝イチからの193mの急登にはまいったが、北岳山頂まで来ると、

さらに眺めは良くなる。


↑北岳到着

まだ時間に余裕があるため、「間ノ岳」までは行ってみることに。

ロクに山地図も見ずに計画していたものだから、「アルプスの

縦走」とはほとんど高低差のない稜線をイメージしていた。

我ながら、自分勝手で好都合なイメージである。

当然、山と山の間には高低差がけっこうあり、それがけっこう

急な斜面だったりする。

「頂上と頂上の間に橋でも作れば良いのに」なんて思うが

実際に作っちゃうと、相当に興醒めしてしまう人工物にな

るに違いないので、その考えは頭のなかで即座に消去する。

「北岳」から約2時間かけて、「間ノ岳」に到着。


↑間ノ岳到着


↑西農鳥岳(間ノ岳より)

本当は引き返さないといけないが、すぐ近くに「農鳥岳」が見える。

そしたら、先に進みたくなるのが男というもの。

山地図のコースタイムを確認すると、ルートを変更しても

この調子なら、今日中に下山できるはずの計算になる。

念のため他の登山者に聞くと「あなたの健脚ぶりなら余裕で

行けますよ」なんて言われちゃったもんだから、気を良くし

てしまった。

いざ、「農鳥岳」へ。

残念ながら「農鳥岳」に到着するころには山頂はガスで覆われ

今まで歩いて来た「北岳」「間ノ岳」を見返すことはできなかった

が、これで「白峰三山」の縦走は完了、あとは下るだけだ。

と甘く見ていたら、登りが急でキツい分、下りも当然急でキツかった。

その下り初め、後ろから女の子が同じペースで着いて来るので私も

抜かされまいと焦って下った。

結局は数分後、私があっけなくバテてしまって、先を譲ったが

そのときに交わした会話で、その女の子が下降点から麓の間にある

「大門沢小屋」の従業員であることがわかった。

おそらく大学の山岳部か何かであろう。

現役バリバリじゃないか。

その後、そのときの無理が祟ったのかどうかはわからないが、私は

大きくペースダウンして、気持ちと時間の余裕のないままのゴール

となった。(16:00奈良田にてゴール)

教訓「時に無理せず譲る方が、カッコいいのかも。」

登山もどんなスポーツも、人生である。

そんなこと考えるなんて、俺もすでにおっさんだな。

今回はそんなことを学んで終われた、なかなか充実した山行になった。

何より念願の「山ガール」に会えた?(アスリート系ではあるが)


2010.09.03 / Top↑
ヒゲーズライブには仕事の都合で行けず、すいません。

8月27日(金)より山へ行こうと思います。

「北岳」、富士山の次に高い山らしいです。

もしも一緒に行く方いらっしゃれば、行きましょう。

今日は五山の送り火。

僕のマンションの駐車場から「左大文字」が見れるので、見てみようと思っていましたが

久しぶりの部屋の掃除や洗濯に集中している間に、送り終わっていたようです。

子供のころはだいぶ遅い時間に点火していたと思っていたら、ほぼ日没直後の

時間から始まっていたのですね。

今年のお盆は仕事があり、カヌーに行けず。

昔はお盆にもカヌー行ってましたね。

また9月にキャンプ&カヌーやりましょう。

キャバ嬢とキャンプやりましょう。




2010.08.16 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。